牧野フライス製作所(社長=井上真一氏)が、このほど同社として初の大型5軸制御立形マシニングセンタ「V80S」を開発したと発表した。中大物金型加工における問題点といえば、切削仕上げ加工時間、放電加工時間、磨き時間が長いことだが、今回開発したマシンは、これらの問題点を解消するのが狙い。
同社の販促課リーダーの長友林太郎氏は、「非常に大型1m~1.5mサイズの自動車用の樹脂の成形部品の金型製作を行う上で、仕上げ時間の短縮が求められているのが現状。高速で加工を行うだけでなく、広い加工面の面質も同時に向上しなければならない。最近、金型の製作工程が明確化、細分化されており、各工程で能率のよい機械が求められている」と開発の背景を説明している。
従来と比較して従来機の80%以上も製作時間を短縮することに成功したこの「V80S」。仕上げ加工を短縮すると同時に高い面品位を実現することが最大のウリだ。非常に大きな金型をセッティングする場合、実際に加工するまでに段取り、位置決めなどで時間がかかる。大型機ゆえ、段取り性や作業性が要求されるのだ。これらを解決するため、この「V80S」は多様な機能を搭載している。
この機械は、コンパクトな主軸と、回転軸・傾斜軸を採用することによって、高速・高面品位を実現している。5軸加工では主軸、ワークが傾けられるので、工具の突き出しが短くなる。これにより、切削振動、工具変形の低減が実現、面品位の向上が計れるという。
実機を見学すると滑らかな同時5軸動作、一般的な主軸チルドタイプと異なり、スラント構造を有する機械になっている。こうしたマシンの場合、C軸と主軸が平行な位置関係にあるときに発生することがある、急に軸が真反対に回るなどの特異点が心配されるが、それを回避し、なめらかな動作を実現している。
操作性についても、使いやすいよう、今回も広い開口幅を持つ正面扉の他に左右両側からも加工室内へアクセス可能となっているのも魅力だ。
金型の高能率加工を目指して開発
「V80Sは金型の高能率加工を目指して開発した機械で、対象とするワークは自動車の射出成形部品、樹脂部品。具体的にはドアパネル、フロントグリル等、意匠性を要求されるハードルの高い難易度の高い部品を対象としている。サイズは1m~1.5mの金型。射出成形機の大きさとしては1300t前後がヒットする大きさとなる」と開発本部マネージャの井上憲司氏。井上氏は、「このマシンを開発するにあたり、国内外の顧客を訪問し、最近の金型製作のトレンドを教えて頂いた」と話す。
そこで見えてきたのは、多くのユーザーが各工程に対して、それぞれ最善と思われる機械を使い分けて金型を製作しているということだった。特に中・大物の金型に関しての現状は、荒加工で機械が傷む、時間・チャージの問題で勿体ない、との理由から、古くなった機械が荒加工用に回され、またはギア駆動で、ゴリゴリ加工出来る機械が荒加工用ちすて活躍している。最近は海外から材料を購入された時点で、すでに荒加工がされているという場合もあるとのこと。
問題は中仕上げ、仕上げ加工だ。ここの時間短縮、高能率加工に「V80S」は威力を発揮するためにつくられた。
井上氏は加工の問題点について「3軸で加工すると、工具とワークの干渉が発生する。工具長も長く取らなければならない。しかも切削工具の力を発揮しない刃の先端部分で加工するので、面が荒れるという問題が起きる。面が荒れることを回避するために、アングルヘッドなどで傾きをつけると、面を分割するので、分割面に段差ができるといった問題も起きる。つまり、手間がかかるんですね。手間を取り除くために同時5軸で加工した場合でも、高速で送ると、食い込みが発生し、面が荒れて結局磨く時間が多くなってしまうんです」と述べたうえで、「このような現状を解決したのが、この“V80S”。スピードと後面品位を両立した金型5軸加工を実現しています。コンパクトスラントヘッド、高剛性キネマティクス、マキノ独自の高速高精度送り制御“Pro.6”。これらの技術を用いたマシンです」と盛り込んだ技術に自信たっぷり。
「V80S」の従来機に比べて同じ工具を使用した際に得られる時間短縮効果だが、30.5hがかかっていたところが22.9h、つまり25%の時間短縮効果が得られたとのこと。しかも、このマシンは、首を振って工具を短くすることができるので、さらに小径工具が使えるという。
「従来機ですとR2まででしたが、R0.2 まで追い込みました。増えた時間は2時間ですが、その分EDM(放電加工)の時間を80%も短縮することができました」と井上氏。
これらの技術について、「金型の中仕上げ・仕上げ加工の加工パスとしては、曲面形状の塊になるんです。そうすると機械は加減速の連続になる。その加速度を早めることが全体の加工時間を短縮することに1番効果があるんです。加速度をあげて時間短縮を図るためには、移動物重量をいかに軽くコンパクトに設計するかがポイント。そこでこの機械は主軸をHSK-A63を採用しました。スリムでコンパクトな設計です」と説明、回転軸についても、「高トルクが必要ないので、ギア駆動ではなくDDモータを採用しています。DDモータによって割出分解能も上がりますし、同時5軸で加工したときにロスのない動きが得られる。また、主軸側の回転軸がA軸、付け根の回転軸がC軸になりますが、それぞれ、旋回制限を持っています。無限回転ではなく、有限回転で構成しているんですが、付け根の回転軸が斜めになったスナップ形状をしていますので、A、C、2軸複合で角度をつくっていく。±30°円錐内では無限回転の加工を行うことができます」とのこと。
無限回転ができるというのは、「手でくるくる円をかくと、手首は360°回らないが円を描けるのと同じ原理」だという井上氏。特異点問題では、ひとつの位置をつくるのに、X、Y、A、Cの組合せが2つ以上でてくると、CAMがどっちを選択していいか迷い、無駄な動きをする場合があるが、こうした不穏な動きは、この機械では発生しづらいというから、頼もしい。
チルト主軸の最大の長所は角度をとることで工具長を短くできることにある。井上氏も「例えば200mmの立ち壁を300mmの工具で加工していたところを25°傾けると、半分の150mmの工具で加工できます。工具を短くすると送り速度を上げられる、加工面の品位が向上する等より小径の工具も使えるので、工程時間が削減できる効果があります」と優位性を強調する。
美しい面品位と高加速への取り組み
機械を動かしたときにオーバーハングになり揺られてしまう、加工面が乱れてしまうことを避けるため、今回はコラムを斜めにスラントにしていることも特長だ。さらに回転軸もスラントにして回転軸の駆動機構をコラムの後ろによりかかるような構造にしている。これによって、重心を後ろに寄せて、ほぼガイドをしている真上に重心をもってくることができたという。これにより、重心駆動に近いことができるので、より高速、高速加速で送れるとのことだ。
「正面から見た目ですが、左のコラム、右のコラムを厚い壁で完全に結合してワンピース、一体のコラムにしました。この壁がコラム全体の剛性を挙げるのに非常に効果がある。ポイントはテーブルの配置にあります。テーブルを横配置にすることで可能になるんですが、これを縦配置にすると通過しなければならないので、壁がつくれないんです。これらの工夫が高加速を実現しています。また、付け根の回転軸を斜めにする目的、重心を後ろに下げると同時に同時5軸で加工したときにより、滑らかに動けるということになります」(井上氏)
今回、マシンもさながら、加工精度を維持したまま高速加工を実現する進化した制御技術「Professional6」も搭載し、同社では最後に「“V80S”が金型メーカーのお役に立てることを切望しています」と述べた。
なお、待望の最新のマシン「V80S」は、本年8月24日~25日の2日間、同社の名古屋支店(名古屋市守山区花咲台2-301)で発表会を行う。また、9月18日~23日までドイツの「EMO2017」にも出展予定だ。